INTERVIEW
聖隷浜松病院
600床〜
社会福祉法人
物品購入

静岡県西部の周産期医療を支えて48年、累積8,900件以上の小さな命を運んできた新生児専用救急車(通称:NBA=Newborn Ambulance)。その更新にかかる約7,000万円という多額の費用を前に、少子化や物価高といった厳しい経営環境が立ちはだかりました。
こうした厳しい状況を切り拓くため、同院が新たな一歩として決断したのが、単なる資金調達にとどまらず、地域に「医療の価値」を伝えるためのクラウドファンディングという選択でした。今回は、経営企画室の伊田様(プロジェクト当時)に、いかにして院内の壁を乗り越え、病院全体を巻き込んだ「部署の垣根を越えた協力」を実現したのか、お話を伺いました。
なお、聖隷浜松病院は「READYFORクラウドファンディングインパクトアワード2026」で『地域連動・コミュニティ賞』を受賞されています。後編記事の最後には、受賞にあたってのコメントも掲載していますので、ぜひあわせてご覧ください。
社会福祉法人 聖隷福祉事業団 総合病院 聖隷浜松病院
静岡県浜松市・病床数750床・職員数2,246名(2026年10月時点)
総合周産期母子医療センター、救命救急センター、地域医療支援病院、JCI(国際的医療機能評価機関)認証取得病院。「地域に根ざした病院」を理念とし、静岡県西部の高度急性期医療を24時間365日体制で支える。
クラウドファンディングプロジェクト概要
新たな命を守る1分がここにある。新生児専用救急車の更新にご支援を
資金の使い道:新生児専用救急車の車体購入費用、車内に搭載する専門医療機器(クベース、人工呼吸器など)の購入
動機:5代目車両の老朽化(納車14年、走行15万km超、修理41回、2025年度に出動不能トラブル発生)に伴う、24時間365日の周産期搬送インフラの維持
成果:支援総額 62,097,284円 / 総支援者数 1,656名(※代理支援での支援者数含む)

目次(前編)
――まずは、今回クラウドファンディングを立ち上げるに至った経緯についてお聞かせください。
伊田様:当院の新生児科(NICU 21床、GCU 18床)は、1,500g未満の極低出生体重児や、生まれつき病気を持つ赤ちゃん、呼吸障害など、高度な医療を必要とする新生児を24時間体制で広く受け入れています。この高度な体制の最初の「入り口」となるのが、新生児専用救急車です。
車内には赤ちゃんを保温するための保育器や人工呼吸器など、NICUと同等の医療設備がすべて搭載されており、搬送中も新生児科の医師や専従の看護師が同乗して集中治療を行うことができます。赤ちゃんにとって搬送時間は一瞬たりとも医療が途切れてはいけない時間だからこそ、私たちは「救急車そのものがNICUの一部である」と定義しています。
当院では1977年から運用を開始し、これまで48年間、累積で8,900件を超える新生児搬送を行ってきました。しかし、現在走っている5代目の車両は納車から14年が経過し、走行距離は15万kmを超えていました。修理回数は41回を数え、近年は電気系統などのトラブルが急増し、2025年度にはついに出動ができない期間が発生してしまいました。
更新は絶対に避けられない課題でしたが、大きな壁がありました。それは、一般の救急車が約2,000万円で購入できるのに対し、新生児専用救急車は搭載する専門医療機器も含めると、導入費用に約7,000万円という大きな費用が必要になるということです。
一方で、急速に進む少子化によって、新生児医療の対象となる赤ちゃんの数は年々減少しています。しかし、24時間365日の体制や専門スタッフの配置は、分母となる患者数が減っても簡単に縮小することはできません。これは全国の周産期医療施設が抱える構造的な課題です。さらに近年の物価高騰、人件費増加、コロナ補助金終了が重なり、当院の経営も極めて厳しい状況にありました。病院全体を見渡せば他にも多くの設備投資が必要な中で、限られた経営資源をどう配分するかというジレンマに直面していました。
――そうした厳しい経営環境のなかで、なぜクラウドファンディングという手段に注目されたのでしょうか?
伊田様:きっかけは、2024年1月に発生した能登半島地震でした。被災された恵寿総合病院様が実施されていたクラウドファンディングを知り、私自身、大きな衝撃を受けたのです。
それまで私は、クラウドファンディングを単なる「資金調達の手段」としか捉えていませんでした。しかし、恵寿総合病院様の事例では、非常に辛く苦しい被災状況にありながらも、100回を超える活動報告を通じて、職員の方々の感謝の笑顔や、多くの方々の温かい支援の想いが見事に「可視化」されていました。
その姿を見たとき、クラウドファンディングは単にお金を集める仕組みではなく、「病院の取り組みや社会的役割を地域の皆様に知っていただき、共感していただくための素晴らしい仕組み」なのではないかと、大きな可能性を感じました。
少子化という大変厳しい環境にあるからこそ、社会に見えにくい新生児医療の社会的価値を地域に問い直し、知ってもらうための能動的な手段になるのではないか。そう考え、挑戦を決意しました。

――新しい挑戦だけに、病院組織の中から慎重な意見や正しい危惧の声も多く上がったのではないですか?
伊田様:はい。非常に組織が大きいこともあり、すぐ全員が賛成というわけにはいきませんでした。様々な立場から懸念の声が寄せられました。
「社会福祉法人であり、診療報酬で成り立つ病院が、寄付を募ってよいのか」
「寄付に対して後から何か見返りを求められるのではないか」
「もし目標金額を達成できなかったら、聖隷浜松病院のブランドネームを毀損してしまうのでは」
「広報活動に相当なマンパワーが割かれ、現場の職員に大きな負担がかかるのではないか」
どれももっともな懸念だと思いました。しかし、これらの反対意見を退けるのではなく、1つ1つ丁寧に対話を重ねて整理していきました。
実は、今回プロジェクトのリーダーをお願いする予定だった新生児科の杉浦弘診療部長のところへ最初にお願いに伺った際にも、2回ほど断られた経緯がありました。その後、何度も丁寧にお話しさせていただき、3回目でようやく「覚悟を決めた」と、ご協力を承諾いただいたのです。
ただ、今振り返ると、こうした最初の反対意見や疑問に真摯に向き合ったプロセスがあったからこそ、このプロジェクトは強く太くなったのだと感じています。なぜ私たちがこれを行うのかというストーリーを、深く言語化する準備だったのだと感じています。
――その丁寧な対話の中で、プロジェクトのコンセプトやマインドセットはどのように変わっていったのでしょうか?
伊田様:これまでの「お金をください」という寄付型のアプローチから、「新生児医療の現実と救急車の存在意義を伝える」というマインドに転換しました。
地域の多くの皆様は、新生児専用救急車の存在も、その役割も、あまり身近なものでないからこそ、決して十分にはご存じありません。実際、クラウドファンディングの期間中にも「救急車に新生児専用があること自体知らなかった」「街中で見かけていたけれど、あれがそうだったのか」というお声をたくさんいただきました。
だからこそ、こんな医療が地域にあるという使命を発信すること自体に意味がある。そして、最終的に私たちの背中を押したのは、「地域に根ざした病院」という当院の理念でした。地域の皆様に私たちの医療を知っていただき、必要であれば応援していただく機会を作ること自体が、病院理念の実践そのものであると確信できたのです。こうして、単なる資金調達の手段を超えた「理念実践プロジェクト」としての位置づけが院内で定まり、正式にスタートを切ることができました。

――いざプロジェクトが始まってから、公開前の準備や具体的なチームづくりはどのように進められましたか?
伊田様:まさに「公開前の準備が成功の8割を決定づける」と感じていました。READYFORの担当者からも、「準備、そして公開されてからの最初の5日間で成否が決まります」と何度も言われていました(笑)。
そのため、準備期間中は担当者と何度もオンラインで打ち合わせを行い、ストーリーや広報活動の準備を進めました。その中で繰り返し言われた、「『救急車という物』を買うためではなく、なぜそれが必要なのか、背景にある『命の重みや価値』をまず伝えてほしい」というアドバイスは、本当に心に深く残っています。
また、これを「広報や経営企画だけの仕事」にしないため、病院全体で連携を行いました。
偶然にも、当院ではBSC(目標管理のフレームワーク)における2023年度の全体テーマとして「Teaming(チーミング:協力する姿勢・雰囲気づくりを大切にし、職員間の心理的安全性を高める)」、そして2024年度のテーマに「Respect(リスペクト:多職種がお互いを尊重し、感謝をもってチーム医療を推進する)」を掲げていました。日頃からお互いを尊重し、何でも話し合える心理的安全性の高い土壌があったからこそ、部署の垣根を超えて素晴らしいチーム力が発揮されたのです。
具体的には、新生児科の医師(医療メッセージの監修)、経営企画室の私(全体調整やスケジュールを担う事務局)、学術広報室(ホームページやSNS、プレスリリース等の広報全般)、地域医療連絡室(地域の開業医の先生方や企業様へのご説明)、経理課(多額の寄付金の管理や領収書発行等の実務処理)、そしてREADYFORの担当者様(伴走支援)が一体となったチーム体制を敷きました。
――現場のドクターもかなり主体的に動かれたと伺いました。
伊田様:そうなんです。特にリーダーである杉浦部長の存在は本当に強力でした。途中でプロジェクトメンバーに中だるみが生じそうなタイミングになると、先生から不意に院内メールで『叱咤激励』というタイトルのメールが届くんです(笑)。
「ちょっと皆さん、サボっていませんか。私は伝える(やり抜く)と覚悟を決めたので、みんなで気を引き締めていきましょう!」
そこには威圧感は全くなく、メンバー全員が「よし、みんなで笑顔でやり抜こう!」と主体的に結束するような、素晴らしいリーダーシップでした。
私たちは一貫して、「支援してください」ではなく「知ってください」という姿勢を徹底しました。病院ホームページやSNS、院内サイネージのほか、杉浦部長や地域医療連絡室のスタッフは直接地元の企業様を何十件も訪問し、泥臭く説明して回りました。

ご支援いただいた企業様を活動報告にて紹介
先生も「私の人生でこんな経験、初めてだよ!」と笑っておられましたが、最初に真っ向から反対していたとは思えないほどの並外れた熱量でした。休日にイオンモール浜松市野で開催した当院自前の「マタニティフェスタ」のブースにも立ち、一般のパパ・ママたちに熱心にのぼりを立ててチラシを手配りされるなど、本当に地道な取り組みを一緒にやってくださいました。
また、「1回発信して終わりにしない」ことも徹底しました。最大3ヶ月に及ぶ募集期間中、毎週必ず、救急車そのものの役割、NICUスタッフの想い、支援者の声など、「新しい切り口」に変えながらタイミングを空けずに一貫した情報発信を続けました。この「当然のことを当然のようにやり続ける」地道な努力が、ローカルメディア(新聞・テレビ)の報道という追い風を呼び、さらなる支援の広がりへと繋がっていったのです。
(後編「お小遣いからの寄付と、17年前の『ありがとう』――画面越しに届いた1,600件の温かい奇跡」へ続く)

マタニティフェスタにて。PRパネルを設置し、杉浦部長からの新生児救急車の役割と必要性を説明
聖隷浜松病院様(後編)|地域とともに、新しい命を支える。――画面越しに届いた、1,600人からの想いと「ありがとう」
聖隷浜松病院
600床〜
社会福祉法人
物品購入
恵寿総合病院様|「助けて」ではなく「希望」を見せる。発災から4日で立ち上げ、1億円超を集めた恵寿総合病院のクラウドファンディングの舞台裏
社会医療法人財団董仙会 恵寿総合病院(けいじゅヘルスケアシステム)
その他法人格
その他資金使途
200〜399床
医療法人川崎病院様|「病院が一つになれる理由をくれた」――現場主導の『みんなの救急車』プロジェクトが生んだ、資金調達以上の価値
医療法人川崎病院
200〜399床
民間
物品購入
瀬戸内海巡回診療事業様|4,000万円超のクラウドファンディングに成功。海をわたり島民の命をつなぐ診療船「済生丸」の尊さ
瀬戸内海巡回診療事業
社会福祉法人
物品購入
すべて見る