INTERVIEW
社会医療法人財団董仙会 恵寿総合病院(けいじゅヘルスケアシステム)
その他法人格
その他資金使途
200〜399床
2026/08/18 00:34

【(恵寿総合病院より)はじめに ― このたびの熊本地震に寄せて】
本記事の公開を前に、2026年7月28日に発生した熊本地震により被災された皆様、そして今なお不安な日々を過ごされている皆様に、心よりお見舞い申し上げます。私たちも2年前、能登半島地震で被災し、先の見えない日々を経験しました。だからこそ、いま現地で対応にあたられている医療・介護・行政・支援者の方々のご苦労と、被災された方々の心細さは、他人事とは思えません。本記事でお伝えするのは、あの震災の中で全国の皆様からいただいた温かいご支援が、私たちにとってどれほど大きな力になったかという記録です。あのとき能登に寄せられた想いが、今度は熊本へ。私たちも、能登から熊本の一日も早い復旧・復興を祈り、できる支援を続けてまいります。どうか、無理をせず、一人で抱え込まず。全国が応援しています。
令和6年能登半島地震により未曾有の被害を受ける中、石川県七尾市にある恵寿総合病院様は、全国から寄せられる支援の声に応え、一刻も早く支援の窓口を設けるためにクラウドファンディングを立ち上げました。その結果、約2,500名の方々から1億円を超える多大なご支援が集まっただけでなく、日々届く温かい応援メッセージが極限状態の現場を支える希望となり、「One Keiju」として組織が一つになるという大きな副産物が生まれました。
本記事では、発災からわずか数日でプロジェクトを公開できた背景と日頃の備え、100本を超える活動報告を通じて「今の能登」を前向きに発信し続けた思い、そしてクラウドファンディングが病院組織にもたらした「資金調達以上の価値」について、理事長補佐の神野正隆先生と、麻酔科医の神野彩先生にお話を伺いました。
なお、恵寿総合病院は「READYFORクラウドファンディングインパクトアワード2026」で『審査員賞』を受賞されています。本記事の最後には、受賞にあたってのコメントも掲載していますので、ぜひあわせてご覧ください。
社会医療法人財団董仙会 恵寿総合病院(けいじゅヘルスケアシステム)
石川県・病床数386床・職員数811名(2026年4月時点)
石川県七尾市を中心に保健・医療・介護・福祉、生活支援にいたるまで、一人ひとりの人生を支えるためにさまざまなサービスを展開。「どんなときでも地域にサービスを提供し続けること」を使命としている。
クラウドファンディングプロジェクト
能登半島地震 災害でも医療を止めない!けいじゅヘルスケアシステム
資金の使い道:医療機器修繕・購入、薬剤の購入、損壊部分の修繕、食糧確保、職員への慰労、物資・資材の購入
動機:2024年1月1日の能登半島地震により施設の多くが大規模な損壊被害を受ける中、「災害でも医療を止めない!」を合言葉に、全国から寄せられる支援の申し出の窓口を一本化し、目の前の命を救うため。
成果:支援総額109,547,000円(目標金額 10,000,000円) / 支援者2,496人
目次
――まずは、発災(1月1日)からわずか数日(1月5日公開)という異例のスピードでクラウドファンディングを立ち上げるに至った経緯と、当時の皆様の切実な想いについてお聞かせください。
神野正隆先生(以下、正隆先生):実は震災前の年末に、リハビリ機器に関するクラウドファンディングをREADYFORさんに相談していたところでした。その矢先に震災が発生したんです。通常医療×災害医療×復旧作業を並行して行うとなると、業務量が通常の3倍以上に膨れ上がります。一方で、ありがたいことに全国から「支援したい」というお声を多く頂戴したのですが、とても個別に対応できる状況ではありませんでした。
なんとかして、支援を申し出てくださる方々の「受け皿」をつくれないかと考え、「クラウドファンディングで支援の窓口を一本化しよう」と経営層も含めて決断したのが経緯です。事前にREADYFORさんと(リハビリ機器のための)クラウドファンディングの打ち合わせをしていたため、前提の知識もあり、準備をスムーズに進められたという面もあります。
神野彩先生(以下、彩先生):震災直後、私たちの元には海外のロータリークラブなどからも連絡が来ていました。お正月ということもあり衝撃的だったため、最初は「ご無事ですか」という安否確認の連絡が多かったのですが、1週間後くらいから徐々に「何かできることはありますか?」という声に変わっていきました。まさに皆さんが「何か支援したい」と思ってくださるこのフェーズで、温かいお気持ちを届けていただく場所としてクラウドファンディングを公開できたからこそ、多くの方にご支援いただけたのだと思います。

――1月4日にオンラインでお打ち合わせをし、経営層も含めて「やろう」「いいね」と即決する空気感でしたね。公開に向けて、院内ではどのような動きだったのでしょうか?
正隆先生:プロジェクトの建付けや全体の方針は、私と常務理事で話し合って決めました。その後のページ作成や動画のネタ収集などの実務は、常務理事が指揮をとり、広報企画部のメンバーをクラウドファンディングの専任担当として、二人三脚となって進めてくれました。通常通りにページを作り込んでいくと、早くても公開まで2週間はかかってしまいます。しかし、震災直後のこの状況では時間的にも余裕がありません。そのため、「ページを作り込むことよりも、一刻も早く窓口を用意し発信していくことが最優先だからスピード勝負でいこう」と決断し、結果としてわずか数日での公開に漕ぎ着けることができました。
彩先生:唯一の懸念点は、リターンの設定やページ作成といった実務を、復旧の指揮官でもある常務理事が担うことになった点でした。普段からクラウドファンディング専任の担当者がいるわけではないですし、こんな大変な時に実務を回しきれるだろうかという心配はありましたが、専任担当スタッフとの連携により、スピード公開が実現できました。
――大変な震災の混乱の中、現場での医療対応そのものも非常に迅速に行われていたと伺っています。日頃の備えが活きた部分があれば教えてください。
正隆先生:当院では、震災時の対応がまとまっているBCP(事業継続計画)のマニュアル、通称「レッドブック」を作ってあり、対応が非常にスムーズでした。「何をすべきか」を調べて確認する時間が減ったことで、スピーディーに医療提供を継続できました。また、全職種が業務用のスマートフォンを活用していたため、多職種での情報共有が災害時においても円滑でした。看護と介護とリハがセットになった「セル」という単位で動くことにも日頃から慣れていたため、免震構造の本館に患者さんを集約し仮想の病棟を作った際にも、セル単位で非常にスムーズに動けました。DXの基盤があったことが、混乱の最小化に大きく寄与したと感じています。
彩先生:断水になったため「水を守れ」ということで、地震前のレッドブックには「3ブース以上あるトイレは必ず1つは封鎖する」といったことまで詳細に書いてありました。使う人の心理的にも物理的にも水の使用量を減らすためなのですが、上からの指示がなくても、現場の職員がマニュアルを見て自分たちでテープを貼り、ちゃんと対応してくれたのは、日頃の訓練の賜物です。

震災が起きた当時の様子
――現場が大変な状況にもかかわらず、クラウドファンディング実施期間中は活動報告(100本以上)や当時の状況の発信を頻繁に行われていたのが印象的でした。どのような体制と意識で動かれていたのでしょうか?
彩先生:緊急時ですから、支援者さんへのお礼もかねた活動報告は1週間に1回程度の簡易的なもので済ませることもできたはずです。それでも、「やると決めた時点で、心配して応援してくれている方に向けて、とにかく現状をたくさん見せたい」という担当者の強い思いがありました。
毎日の状況報告を、画像や動画とともにタイムリーに発信してくれていました。日々刻々と状況は変わりますし、ニュースで取り上げられなくなると、世間からは「平和になっている」という風に思われがちです。だからこそ、「今の能登」を皆さんに知っていただくことに強い思いもありましたし、発信こそが、ご支援への最大のお礼になると考えていました。

期間中に投稿した活動報告
正隆先生:正直なところ、現場はそれどころではない過酷な状況ではありました。しかし、時間が経てば世間の記憶はどうしても薄れていってしまいます。絶対にそうはさせまいと、記憶の風化を防ぐために発信を止めない対応を貫きました。
最終的には、病院内でもどんどん発信の取り組みが広がっていきましたね。クラウドファンディングの後半の期間では、病院としての発信だけでなく、各部署の取り組みも紹介するようになりました。それぞれの職種が苦労しながらも、「やれない理由ではなく、どうすればできるのか」を考え頑張っていたので、そうした現場を支え続ける職員たちにスポットライトを当てることができました。「病院全体で前を向いて頑張っている姿」を皆様に、そして職員自身にも伝える場として、活動報告は大きな役割を果たしてくれたと思います。

彩先生:このクラウドファンディングがなければ、地震のあとにこれほど動画や写真を撮ることもなかったと思います。副次的な効果ですが、後になって日本免震構造協会や建築会社の方が「免震構造の話を聞きたい」と、READYFORの活動報告を全部見てから視察にいらっしゃいました。「配管が断裂している動画など、あんなリアルな映像はなかなか見られない。大変勉強になりました」と仰っていただき、このような状況下でもありのままの活動記録を残し続けたことが、結果として今後の震災対策の『生きた教科書』となりました。
正隆先生:目の前の対応に追われて動いていると全体が分からないこともありましたが、活動記録として動画や情報を集約させたことで、自分たちでも「いつ何をやったのか」と振り返る辞書代わりになっています。地域や職員に向けた発信を継続できたことは非常に良かったです。
>全ての活動報告はこちらからご覧いただけます。
――活動報告やSNSを通じて発信されるメッセージは、大変な状況を感じさせつつもどれも「前向き」な姿勢に溢れていました。皆様にメッセージを届ける上で、意識されていたことはありますか?
正隆先生:大変な状況ということは皆さんわかっていると思うので、同情してほしいというよりは「応援してほしい」と思うなら、前向きな発信が必要だろうと考えました。実は震災までは個人的にSNSはほとんど活用していなかったのですが、これを機に発信してみることにしました。極限状態だからこそ、経営層が何を思っているか、どういう状況で、どういう方向性で進んでいるのかを、パッションを込めて、前向きな発信をしました。職員も見てくれているという反応がかなりあったので、外部だけでなく職員に向けたメッセージにもなりました。
――その「前向き」な姿勢を貫けた背景として、震災直前に理事長が提唱された「ATM(明るく・楽しく・前向きに)」という方針が大きな支えになっていたとお聞きしました。
正隆先生:はい。実は、震災直前の2023年12月に発表された法人の方針が「ATM(明るく・楽しく・前向きに)」でした。この状況下で「楽しく」というのは難しい状況でしたが、この方針が震災の時にも役立ちました。日頃から培ってきた「One Team,One Keiju」のマインド、組織風土や仕組みがあるから、みんなで頑張っていこうと。
彩先生:職員の皆さんも、そのカルチャーを体現してくれましたね。過酷な状況の中でも、動画も「明るく」「前向きに」というコンセプトで、「大変なことあったけど、こんな感じで前向きにやってます」と発信し、ネガティブな発信は絶対にしないようにしました。

(左から)麻酔科医の神野彩先生、理事長補佐の神野正隆先生
――約2,500名の方々から1億円を超えるご支援と応援メッセージが集まりましたが、現場の皆様にはどのような影響を与えましたか?
正隆先生:皆様からの応援メッセージには、本当に支えられました。毎日拝見して励まされていたのはもちろんですが、発災から1〜2週間が経ち、気合で乗り切っていた時期を過ぎてふと我に返った時や、えも言われぬ孤独や不安に押しつぶされそうになった時にも、いただいた温かい言葉を見返すことで幾度となく救われました。日々前進していても迷うことが多い日々を支えてくれたのが、クラウドファンディングに寄せられた応援の言葉でしたね。
彩先生:職員の交流のきっかけにもなりました。クラウドファンディングのページに当院の医師の同級生から「N君が働いてる病院なので心配してます。でも大丈夫そうみたいで良かったです」というメッセージが入っていて。「先生、同級生からメッセージ来てましたよ!」と伝えたら、「え、ちょっと見てみる」と。私たちの間でも話題になり、温かい交流が生まれました。
――いただいた応援メッセージを桜の花びらに見立て、計5,000輪の「復興の桜」として病院玄関の吹き抜けに掲示されていたのも大変素晴らしい取り組みでした。このアイデアはどのようにして生まれたのでしょうか?
彩先生:支援いただいた方々からの応援のメッセージがどれも素敵で。ちょうどそんな時、ブルーインパルスが能登を応援するために飛んでくれたんです。地震の影響で地面がひび割れ、私たちは足元ばかりを見て歩かざるを得ない状況でした。でも、その時『上を見て、青空を見て、上を向いて歩こう』と思えたんです。そこで、皆様からの温かいメッセージを桜にのせて高い場所に飾れば、みんなが自然と上を向いてくれるのではないかと考えたのが始まりです。


正隆先生: 最初はどこかの壁の1面くらいにメッセージをセレクションして貼ろうかと言っていたのですが、一部だけ選ぶより「全メッセージを載せてでかくしよう」となりました。天井から吊るすことで職員ももちろん見れますし、いただいたメッセージだけでなく、職員や来院された方からのメッセージも追加して貼ったので、患者さんも明るい気持ちになったと思います。1枚ずつ貼りながら「あ、こんなメッセージあったっけ」と言い合うのも楽しかったですね。奇跡的に1枚も落ちてこなかったのも良かったです。

――集まったご支援は、具体的にどのようなことに活用されたのでしょうか?
正隆先生:被害総額に比べれば当然足りない状態ではありますが、皆様からのご支援は物資の調達や医療機器・損壊部分の修繕だけでなく、職員の慰労や『復興元年』として地域を盛り上げるための『病院祭』の開催にも充てさせていただきました。また、ご支援を形に残し、皆がありがたく使えるものとして、お風呂のボイラーを新調することができました。3月頃までの長期にわたる断水中、大浴場でのべ11,000人分を超えるお風呂を沸かし、家でお風呂に入れない職員やご家族、関係者を支え続けてくれたのが、使える部品をかき集めてかろうじて動いていた傷だらけのボイラーでした。これを新調し、感謝の思いと共に大切に使わせていただいています。
――震災とクラウドファンディングを経て、組織の中で起きたポジティブな変化はありましたか?
正隆先生:極限状態のなかで、「One Keiju」として組織がより一つになれたことは大きな収穫でした。当院のビジョンの1つが「One Team,One Keiju」なのですが、今回の経験を経て、組織がよりしなやかに強くなったと感じていますし、ワンチームマインドは今も続いています。
彩先生:企画部署に対する院内の見られ方も大きく変わりました。最初は「クラウドファンディングの活動報告用に動画を撮ります」とカメラを向けると、蜘蛛の子を散らすように逃げていた職員たちも、だんだん映ることに抵抗がなくなってきて。広報活動の重要性が組織全体に浸透し、現場との距離がぐっと縮まりました。
さらに、地震時に参照するBCPのマニュアル『レッドブック』も、今回の教訓をすべて詰め込んで新しく50ページ増量し、必要な時にすぐ引ける辞書のようにアップデートされました。大変な事態ではありましたが、病院として確かな前進があったと感じています。
正隆先生: VHJ機構(民間病院のネットワーク)からの支援や人の派遣も非常に大きかったです。これを機に、災害が起きた時にVHJとしてすぐに動けるような仕組みを作ることにも繋がりました。

(左から)企画部の金子佳樹様、理事長補佐を務める神野正隆先生、常務理事を務める神野厚美様、麻酔科医の神野彩先生
――この度は「READYFOR Fundraising Crowdfunding Impact Award 2026」の特別賞・審査員賞の受賞、本当におめでとうございます。最後に、これからクラウドファンディングに挑戦したいと考えている病院・医療関係者の方へメッセージをお願いします。
正隆先生:クラウドファンディングというと「資金調達」が真っ先に頭に浮かびますが、実際にやってみて感じたのは、それ以上に「職員や地域との一体感」や「応援される」という大きな価値があるということです。お金を集めるためだけではなく、職員のモチベーションや士気をあげる、地域のPRにつながるなど、「愛される病院の戦略」の1つになると気づきました。資金調達以上の価値が間違いなくあります。
彩先生:私はこれまで寄付をしたことがなかったのですが、これを機に寄付をする側にもなってみました。お金を出す側の気持ちになったときに、「大変な状況」も心を打ちますが、「大変ながらも頑張っている姿」を見ると、「推し活」と一緒で、一緒に頑張っているような気持ちになるというのがクラウドファンディングのすごいところだと思います。「こんなに辛いです、困ってます、助けてください」というよりも、「辛いけど、これがしたい、こういうのをやりたいから見てください」という方が、一緒に応援する実感があります。クラウドファンディングをやる方の状況にもよりますが、明るく前向きな姿勢で「希望」を見せてくれると応援しやすいことにも気づきました。
――本日は、貴重なお話をたくさんお聞かせいただき、本当にありがとうございました。
◾️「READYFORファンドレイジング クラウドファンディングインパクトアワード2026」受賞に寄せて
「READYFORファンドレイジング クラウドファンディングインパクトアワード2026」において、特別賞「審査員賞」という栄誉ある賞をいただき、心より光栄に存じます。
2024年1月1日、能登半島地震の発災。断水や施設被害という過酷な状況下でも、「災害でも地域医療を止めない」という強い使命感のもと、私たちは歩みを止めませんでした。その道のりを支えてくださったのは、クラウドファンディングを通じて温かいご支援と励ましの言葉を寄せてくださった全国約2,500名の皆様です。
皆様からいただいたメッセージで満開になった病院玄関の「復興の桜」は、被災された方々だけでなく、現場で奮闘する私たち職員にとっても、大きな希望と勇気の源となりました。
この賞は、私たちだけでなく、共に能登の復興を願い、支えてくださった皆様と一緒にいただいたものです。これからも地域の命と健康を守り抜くため、職員一同、医療・福祉の再生に全力を尽くしてまいります。
社会医療法人財団董仙会
理事長 神野 正博

最後に。インタビュアーでREADYFOR医療部門責任者の多田と、アワード受賞の表彰盾とともに。
医療法人川崎病院様|「病院が一つになれる理由をくれた」――現場主導の『みんなの救急車』プロジェクトが生んだ、資金調達以上の価値
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