INTERVIEW
NPO法人“矢中の杜”の守り人様|未来へ残す文化財、その第一歩は防災から─防災クラウドファンディングの挑戦と共助の輪
NPO法人“矢中の杜”の守り人
2025/11/28

今回はNPO法人“矢中の杜”の守り人の理事の井上様、早川様のお二人に、クラウドファンディング挑戦の背景からその舞台裏についてお話をお伺いしました。
クラウドファンディングプロジェクト
国重要文化財「矢中の杜」を守り繋ぐ│千年先まで残すための防災設備を
期間:2025年4月26日〜6月14日
達成金額:4,001,000円(目標金額:3,000,000円)
資金の使い道:国指定重要文化財「矢中の杜」の防災設備の設置工事費・工事管理費・事務管理費・専門家助言費
動機:重要文化財指定に伴う消防法適合の防災工事が期限付きで必須となったこと、いろんな方に「矢中の杜」に関心を持ってもらい、応援のネットワークを作ること
成果:目標金額300万円に対し、最終的に400万円のご支援を集めることができ、支援者からは訪問動機につながる声もいただいた。未来への「備え」に対する投資に対してもポジティブな反応をいただいた。
目次
── まずは簡単に矢中の杜とお二人の自己紹介をお願いします。
井上:創設メンバーで、2017年から代表理事を務めております井上美菜子です。
矢中の杜は茨城県つくば市北条にある、昭和初期の近代和風住宅です。セメント防水剤「マノール」を開発した矢中龍次郎の邸宅で、豪華な意匠から「矢中御殿」と呼ばれたこともあります。約40年空き家でしたが、2008年の所有者変更を機に再生活動が始まり、2011年に国登録有形文化財、2023年に国重要文化財となりました。
早川:私は創設期から理事として関わり、現在はファンドレイジング担当理事、早川公と申します。研究と実践を行き来しながら、保存と活用を地域と結びつけることに取り組んできました。
──邸宅に一目惚れしたと伺いましたが、当時の出会いや、保存・再生に深く関わるようになったきっかけや想いを教えてください。
井上:この邸宅に一目惚れしたのは私です。もともと学生時代に、矢中の杜のあるつくば市北条地区の街づくりに有志で関わっていました。その中で、「この北条には、昔“御殿”と呼ばれていたようなお屋敷があるんだよ」という話を聞きました。ちょうどそのころ、所有者が変わったという話もあり、私自身の研究テーマが文化財・文化遺産の保存活用だったこともあって、非常に興味をひかれました。
──まさに運命の出会いですね。それぞれの想いのもとに、今はNPO法人として多様なメンバー(守り人)が参加されていると思います。そういった方々との出会いであったり、人が集まっていく過程には、どういった背景やエピソードがありましたか。
井上:発端は学生の興味やエネルギーがスタートにはなっていたんですけど、今現在は当時とは要素が随分違っていて、本当にいろんな方が守り人として集まって関わってくれています。「守り人」と一言で言っても、なぜNPOの会員になってまで活動に参加するようになったかと聞くと、人それぞれ違う視点や違う理由、経緯で関わっているんじゃないかと思っています。それがNPOや矢中の杜のいま現在ある空間の魅力を支えていると思っています。

── 2025年4月に挑戦されたクラウドファンディングは、目標300万円を超えて達成されました。文化財にまつわるクラウドファンディングでは修繕や改修をテーマにしたプロジェクトが多いのですが、今回のテーマはなぜ“防災”だったのでしょうか?
井上:もちろん、「矢中の杜」にも修繕が必要な箇所は無数にあります。震災や竜巻、豪雨による劣化も重なり、抜本的な耐震などの課題も大きい。その中で、重要文化財指定に伴う消防法適合の防災工事が、期限付きで必須となりました。限られた時間で必要な工事を進めるには、資金と同時に広い応援のネットワークが必要です。そこで、単なる「修繕費」ではなく、被災前に被害を小さくする“備え”への投資を呼びかけることにしました。

(矢中の杜クラウドファンディングページ)
──防災をテーマにしたことで、不安はありましたか?
井上:正直、“まだ起きていない被害”に備えるための寄付をお願いすることには不安がありました。でも、私たちが目指すのは、1000年先まで残すという長期的な視野です。その第一歩が防災。起きてから直すだけでは未来に耐えられません。起きる前に備える意義を、調査・工事・訓練のプロセスと一体で可視化する構成にしました。
──なぜ、クラウドファンディングをしようと思ったのでしょうか?
早川:2023年に重要文化財に指定されたことで、単純にお金が必要というだけではなく、協力体制や会員、会費など、そうしたところも抜本的に見直していく必要がある。 その意味で、クラウドファンディングのいいところは、いろんな方に関心を持ってもらって、そこから応援のネットワークを作れる部分というのを魅力的に感じました。

──「防災」という側面に焦点を当てた時、支援者に共感を得るために心がけた言葉や伝え方、意識されたことなどはありますか。
早川:「作って終わり」「直して終わり」ではなく、「今後も見に来てください」というメッセージを伝え、継続的な関わりを大事にできたらと思い、言葉を選びました。あとは「地域」にも目を向けてほしい。防災は、所有者だけが頑張るものではなく、みんなで薄く広く協力していくものです。そういった関係性が築ければという思いで、言葉を紡いできました。

──進行面の工夫と、反響についてはいかがでしたか?
早川:8人のプロジェクト体制で、朝6時のオンライン会議を軸に週1〜隔週で定例ミーティングを行っていました。私は、これまで接点の薄かった方々への訴求を担当し、既存の関係圏外に丁寧に声を届けました。
井上:私は全体統括とクラウドファンディングの窓口を担っていました。現場メンバーは“橋渡し役”として、遠方メンバーと現地の状況をつないでくれました。
数字を振り返ると、代理支援(※)の割合が高かったのが特徴で、初動のスタートダッシュを支えたのは、現場での対面コミュニケーションでした。クラウドファンディングはオンラインですが、1対1で会って伝える力が決定打になっていて、今後に繋げられる大きな学びでした。
※インターネットを通したご支援が難しい方に対し、実行者が代わりにご支援手続きを行うこと
──支援者の方からの声はいかがでしたか?
井上:ご支援の際にいただく「文化財×防災は新しく、いま必要」という応援コメントがとても嬉しかったです。“備えに投資する”という視点が、しっかり伝わった実感がありました。
早川:「矢中の杜に行きたくなった」「つくば北条に寄りたい」といった声も多く、訪問動機が生まれたことは大きな成果です。中盤以降はチラシの効果も感じられました。地道に価値を言語化し、オンラインとオフラインを往復することが、支援の厚みにつながったと思います。
──日々の業務を抱えながらのクラウドファンディングの挑戦は、ご苦労も多かったのではないでしょうか?
井上:資金調達の必要性や、メンバーの確保という課題もあります。そうした中で、重要文化財に指定されたことで、現場で活動するメンバーの負担が一気に大きくなっていました。「本当に必要な資金はここなのに、それを集めるために倍の労力をかけて倍のお金を集めなければいけないなんて、本末転倒じゃない?」という声があったことも事実で、はじめは心理的なハードルもありました。
──どう乗り越えられたのでしょうか?
井上:私や早川さんは、矢中の杜の近くには住んでおらず、遠方に住んでいます。日常的に足しげく通って現場で活動することが難しい環境です。だからこそ、遠方にいるメンバーでもできる資金調達の手段がクラウドファンディングではないかと考えました。遠方組が主導し、現場組が支えるという分担で乗り越えることができました。結果として目標に掲げた300万円を大きく超えて400万円を集めることができたのは、三位一体の体制がうまく機能したからだと感じています。

──現在、文化財を所有している方々や、施設の守り手を求めている団体では、継承者の高齢化が進み、若い世代を巻き込むことが難しいというお話も伺います。
お二人は研究をきっかけに活動に関わられたと思いますが、未来へ繋げていくために、どのような姿勢や発信が大切だとお考えですか?
早川:あまり真似はしてほしくないというか、簡単に真似できることではないのですが、私たちの活動のきっかけの一つは、災害でした。2011年の東日本大震災、翌年の竜巻被災で地域が大きな打撃を受けたとき、「古いガラスがあるから使って」といったかたちで、外から支援の手が差し伸べられたんです。
──ご支援をいただくきっかけがあって、活動が外に開かれたんですね。
早川:危機は痛みでもありますが、“助けを求める姿勢”をためらわなかったことが、人を呼び込むきっかけにもなりました。また、私たちはもともと筑波大学の学生でした。地域に大学がある方々にとっては、私たちが卒業したあとも、大学のボランティア支援の部署などに活動を伝え、「ボランティアを受け入れています」と働きかけをしてきました。
──教育機関との連携をされてきたんですね。
井上:大学が近くにあることに加えて、地域が学生や研究者を柔軟に受け入れる土壌があることが非常に大きく、それに恵まれていると感じています。
筑波大学との連携は切れ目なく続いていて、授業やボランティア窓口を通じて学生が世代交代しながら関与し続けてくれています。北条には新しい風を柔軟に受け入れる文化があり、それが出会いの“場”を支えていると感じています。
──所有者が一人で頑張るのではなく、「助けてほしい」という気持ちを素直に発信し、それを地域が受け入れる街づくりとセットになることで、人が集まるのですね。高校生とのつながりも、次の世代を意識するというより、自然につながる仕組みができているのだと感じました。
井上:訪れてくれた方々の関心の入口は一人ひとり違います。建築、庭、金具、地域史など、どの入口でも歓迎し、役割を見つけて伴走していくことを大切にしています。私たちの「守り人」は、そうやって多様な動機で集まり、世代間の交流も自然に生まれています。
所有者が頑張り過ぎず、“助けて”と声をあげられること、そして地域がその声を受け止めること。この両輪が、出会いを持続可能にしているのだと思います。
ーーーーーーーー
※本記事は、2025年10月に開催された『“残したい”その想いを未来へ繋ぐ ー「矢中の杜」に学ぶ文化財の防災と、クラウドファンディングの可能性ー』の内容をもとに作成しました。
すべて見る